平和の森荘 鹿児島県の離島【徳之島】で経営する民宿平和の森荘が地場産品を専門に販売しています。

宿紹介

【沿革】

 

・創業

民宿平和の森荘は徳田豊成が1981年(昭和56年)7月13日創業。6畳間4室で営業を開始し、その後増改築を繰り返して現在23室(稼働客室21室)です。

 

・継承

創業者の徳田豊成が高齢になり、長男で元天城町役場職員の徳田幸男が定年退職したのを機に2015年(平成27年)に事業を継承。

 

 【施設】

 

・構造

建物は木造平屋のトタン屋根構造です。すべて昭和の時代に大工気のある創業者が知り合いの大工と一緒に手作りしたものです。増築と結合を繰り返した結果、バリアフリーの構造にはなっておりません。継承した際に一部を改装しましたが、ほとんどが元のままの状態です。屋根が防音構造になっていないため雨が降るとトタン屋根をたたく雨音が聞こえてきます。

 

・設備

全室エアコン・TV・無線ラン環境は完備していますが、風呂とトイレは共同使用でお願いしている状況です。

洗濯機は2か所に設置してあり、無料でお使いいただいています。乾燥機が必要な方のために敷地内の一角にコインランドリーを設置しており、乾燥機を4台と10キロ洗濯機1台をご利用いただけます。

 

・駐車場

現在のところ駐車場は指定していませんが、敷地内には十分なスペースがございますので、予約なしでも対応可能です。

 

・送迎車両

送迎につきましては10人乗りのゴン車を配置していますので、事前にご連絡いただければ空港・港までお迎えに上がります。


【環境】 

 

・位置

徳之島子宝空港のすぐ近くに位置し、約400メートル西のリーフ上に滑走路の北端があり、日々航空機が離着陸しています。

 

・敷地

敷地総面積は約1ヘクタールあり、敷地内にはガジュマルの大木が特に夏場の涼を取る場所として大切にしています。ハイビスカスやヤシ類・パパイヤやバナナなどの熱帯性植物などが植えられており自由に観賞することができます。また、ヤギの飼育もしていますので、是非触れ合っていただきたいと思います。広い敷地全体をどのように活用するかを鋭意検討中です。

 

・眺望

海抜は約3メートルで西の境界は防波堤となっており、徳之島子宝空港滑走路の間には広大なイノー(内海のこと)が広がっています。潮の干満によっていろいろな表情を見せてくれるイノーは満潮時でも浅いために海水浴には適しませんが、潮が引く白い砂浜が広がり、手軽に散策することができます。天気のいい日には、東シナ海の大海原に沈んでいく夕日を眺めながら、しばし心静かに過ごしていただくのは一番のお勧めかもしれません。

 

・絶好の漁場

 
 イノー(内海)

イノー(内海)は、ガッセー(ノコギリガザミ)・イシュタナガ(甘エビ)・ハエナワ・一本釣り・シガイ(ウデナガカクレダコ)の漁場です。1月から3月にかけては天然のアオサ摘みがお勧めです。

 

 ウキー(沖の磯)

外洋に面した滑走路の西から北にかけての磯では、釣りや仕掛けによる地魚漁・島ダコ(ワモンダコ)・ブーサ(サメハダテナガダコ)・イセエビ(5月から8月は禁漁期間)・ヤコウガイ・トコブシ・その他の魚貝類の漁場です。

 

※ 民宿ではできる限り地場で獲れたものをお出しするよう努めております。

 

 

・イノー(内海)は野鳥の楽園

一年を通して見ることができるコウノトリやクロツラヘラサギは住み着いてしまった代表的な渡り鳥といえますが。そのほかにもシラサギやコサギ・アオサギ・セイタカシギも観察することができます。冬場になるとカモ類や鵜などの渡り鳥がやって来てとても賑やかになります。コウノトリやクロツラヘラサギはすぐ近くの河口で羽を休めることが多いので、写真撮影のチャンスもあるかもしれません。この広大なイノー(内海)は野鳥の楽園と言えるでしょう。

 

・徳之島の代表的な景観寝姿山

民宿の敷地の一角からも木々の間から見ることができますが、西の浜に下りて北のほうを眺めると障害物のない環境で寝姿山を見ることが出来ます。その昔はガリバー山とも言っていましたが、現在は寝姿山と呼ぶのが一般的です。太古の昔からそのたたずまいで人々の暮らしを見守ってきたことだと思います。

 

・夕陽に癒されて

天気のいい日には是非敷地の西側で夕陽を眺めて見ていただくことをお勧めします。癒され明日の活力を得てお休みください。

 

 

 

平和の森荘からのご挨拶

・継承して4年

創業者の父親から私たち夫婦が民宿の経営を継承して4年経ちましたが、まだまだ経験不足で皆さまのご期待に沿えることはできていないかと思います。父母の創業の志を継承しつつ私たちなりのサービス提供を心がけてまいりますので、徳之島旅の宿としてご愛顧賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 

・女将の手料理でおもてなし

昭和の時代に建造したレトロな宿ですが、女将の心づくしの手料理が皆さまをおもてなしすることが最良のサービスと考えております。食材には地場で採れた野菜や山菜(長命草・ツワブキ・ヨモギ・ハンダマ等)、魚介類などを出来る限り多用した島料理をベースにお召し上がりいただく所存です。お刺身も全国どこでも手に入る魚等をでなく、サイズ不揃いですがこの地で獲れたトー(タコ)等を召し上がっていただけるよう漁も頑張ってまいりますし、菜園での季節の野菜作りも充実していく予定です。

 

・家庭的な宿

黒糖焼酎が大好きな経営者が皆さまの夕食の際に焼酎片手にお邪魔したり、遊びに来た近隣に住む孫たちがお騒がせすることもあるかもしれませんが、民宿平和の森荘はそういう家庭的な宿だとご理解いただければさいわいに存じます。

 

・目指す宿像

家族経営の小さな宿ですが、田舎の実家への里帰り感覚でご宿泊いただける宿になることを目指しています。

屋号の由来

 平和の森荘」屋号の由来

 

 創業の決意

1981年(昭和56年)、創業者の徳田豊成が農業に手詰まり感を持ち、小さな民宿を開業することを決意。

 

 事業着手 

当時天城町松原ですでに民宿として開業していた「宮田荘」と徳之島町下久志の「ときわや」を視察。大工気のある創業者は早速自分で図面を引き基礎工事の準備に着手。その間に知り合いの大工数人に声をかけて木材等の材料を搬入して加工を始めた。作業を進める中で、トイレの設置や調理室・食堂の確保などで面積が少しずつ膨らんでいったが、農地を処分するなどして資金を調達。、約3カ月でお客様を受け入れる環境が出来上がりました。

 

 完成のお披露目の席

徳之島では家屋を新築しますと、親族や集落の皆さん・知人友人を招いてお披露目の祝いをする習慣がありますので早速皆さんを案内して新築祝いと相成りました。その席でお祝いのことば等をいただきましたが、まだ正式な屋号を決めていなかったためとりあえずは「徳田荘」ということでその場を進めることとなりました。

宴が進むにつれ出席の皆様からいろんな意見が出されました。創業者から、「多くの皆さまにご利用いただく施設にするためには、皆さんのご意見を参考にしたい。」との言葉があり、すぐに紙片を準備して出席者の皆さまに配って、その場で思いつく屋号名案を記載してもらい回収させていただきました。

  屋号の決定

翌日皆さまの提案を整理したところ、最も多かった「平和の森荘」に決定。冠を「旅館」とするか「民宿」とするかについては家族で話し合った結果、創業者の強い意向を反映して「民宿」とし、旅館業営業許可の施設の名称は「民宿平和の森荘」となりました。営業許可は昭和56年7月13日付け。

 

 「平和の森」とは

平和の森」とは、すぐ近くのモクマオウ林に由来するものです。

先の第二次世界大戦末期の陸軍特攻隊中継基地「旧陸軍浅間飛行場」は、民宿から南へ約1キロ。鹿児島の知覧や万世から特攻隊として多くの若者たちが南方に向け出撃していき、沖縄の空で散華しました。

戦後間もなく、飛行場跡地最北端の広大な砂浜にモクマオウ林を造林。

1975年(昭和50年)6月には、特攻隊として戦火に散った若者の御霊を慰めるために特攻平和慰霊碑が建立されました。碑は旧滑走路の北端のモクマオウ林を背景に南向きに建てられています。

この慰霊碑の建立を機にモクマオウ林を「平和の森」と称するようになりました。

 

 

慰霊碑の後方に広がるモクマオウ林が「平和の森」です。

 

 

敷地内の動植物

・動物

ヤギ

 

民宿の広い敷地の一角に飼育しているヤギ。実は食用として飼育しているのですが、結構お客様たちが喜んで触れ合っています。そこで飼養頭数をもう少し増やしてみたいと考えていたところ、昨年は3頭生んだメスヤギが今年は4頭の子ヤギを出産したのです。オス1頭とメス3頭です。親ヤギを含めて8頭になり賑やかですし、生まれたばかりの子ヤギを見ていると癒される思いです。間もなくもう1頭のヤギも出産予定なので何頭生むのか興味深いところ。

お泊りの際には是非覗いてみてください。

 

 

 

にわとり

近々飼育開始予定です。お客様に地鳥卵を召し上がっていただきたいと思い計画中。

 

植物

 

ハイビスカス

   

ハイビスカスは葵(あおい)科の植物。インド洋や太平洋の島々が原産地で、ハワイに持ち込まれてから広まったとされる。ハワイ州の州花。学名は「ヒビスカス」だが「ハイビスカス」と呼ばれています。別名「仏桑花」(ぶっそうげ)とも言う。いかにも南国の花という感じのくっきりした赤色が印象的な花ですが、黄色やピンク・だいだい色の花もあります。マレーシア・スーダンの国花。沖縄では花びらをハイビスカスティーとして飲用しているようです。7月11日、9月22日の誕生花で、花言葉は「勇ましさ」「華やか」である。

挿し木で簡単に増やすことができます。夏の乾燥にも強く土壌も選びませんのでもう少し街路樹としての活用を検討する必要を感じます。温暖な徳之島では一年中花が咲いて私たちの目を楽しませてくれる貴重な花といえます。今後は鉢植えにチャレンジ予定。

民宿の敷地内では数種類のハイビスカスの花を一年を通してご覧いただけます。

 

ブーゲンビリア

ブーゲンビレアは白粉花(おしろいばな)科の植物。ブーゲンビリアと呼ばれることが多い。フランスの科学者で探検家の「ルイ・アントワーヌ・ブーガンヴィル」さんがこの花を最初に発見したことから、その名前にちなんで冠されたとのこと。別名「筏葛」いかだかずらとも言う。原産地は南アフリカ地方。代表的な熱帯花木で徳之島では一年を通して花を咲かせます。色づいた花びらに見える部分は花を取り巻く葉(包葉)であり、通常3枚もしくは6枚ある。7月20日の誕生花で、花言葉は「あなたは魅力に満ちている」です。

挿し木で簡単に増やすことができます。現在鉢植えによる栽培を試験中ですが、強剪定をすることで花を咲かせることができるようになりました。今後は選定から花を咲かすまでの期間を調節できないか試していく予定です。

4月17日現在、民宿の玄関脇に植えてあるハイビスカスと、花鉢に植えたハイビスカスが鮮やか色彩でお客様をお迎えしています。

 

クロトン

クロトンはマレー諸島からオーストラリア、太平洋諸島の熱帯地域に広く分布する、常緑の低木です。自生地では生垣として利用されるほか、育てやすいことから観葉植物としても古くから親しまれています。日本へは江戸時代末期に伝わり、明治時代の終わりから本格的に栽培されるようになりました。

草丈は10~150cmと品種によって様々で、白、赤、紫、黄色といった様々色の葉っぱをもっています。突然変異しやすく、今では100を超える園芸用の品種があることが、「変葉木」という別名の由来です。

また、7~8月頃になると、白や黄色の小さな花を咲かせます。ただ、小さく目立たない花なので、よく観察して見つけてくださいね。

色とりどりの葉の色を楽しむことのできるクロトンの鮮やかな色彩は南国ならではだと思いますよ。

 

ユリの花(ユイヌハナ)

敷地内で自然に増殖していくユリは、4月から6月上旬まで花を咲かせます。

 

ツツジの花

 

在来のツツジと園芸品種のツツジがあり、4月いっぱいが花の見頃です。

 

ソテツ(方言名:シティーチ)

乾燥に強いソテツは夏場でも濃い緑の葉を維持します。5月に入ると雄花と雌花が咲いて、受粉を手助けすることで10月ごろにはたくさんの赤い実をつけます。現在でも味噌の材料として重宝です。

 

アダンの木(方言名:アダーネィ)

もともと海岸地域に自生するアダンの木。雌雄別株があり、雌の木にはパイナップルのような実がなり、7月下旬ごろから次々と色づいて甘い香りを漂わせます。熟して落下した実はオカヤドカリの絶好のえさとなります。ごつごつとした外側の種は、いったん乾燥した後に一斉に発芽します。

 

ビローの木(方言名:クバ)

南国を代表する植物のひとつです。在来のビローの木を数本移植したものが実をつけて増殖しています。

 

ココヤシの木

徳之島には自生しませんが、漂着したヤシの実が発芽しているのを海岸で拾ってきて植えました。かなり大きくなって実をつけ始めています。タイワンカブトに気をつけないと幼虫に成長点を食害されて枯れてしまうので、年に数回薬剤を散布しています。

 

ガジュマル(方言名:チンバ)の大木

大きな木陰を作っていて夏場には涼を取る場所として、また集いの場所として重宝な空間になっています。

 

パパイヤの木

徳之島ではパパイヤはフルーツとして食べることはほとんどなく、野菜として使っています。

 

シャカトウの木

夏場に実がなりますが、ごわごわした表皮の感じが御釈迦様の頭の様子と似ていることからシャカトウと呼ばれているようです。とても甘いのですが、ほとんどの部位が種で食べるところは少ししかありません。日持ちしないのが悩みです。

 

イエローストロベリーグァバ

小ぶりですが甘さ抜群のグァバです。敷地内にどんどん増殖して困ります。

 

ヤマモモの木

在来種のヤマモモと、大粒の瑞光を植えてあります。6月下旬ころから色づいて食べることができます。