民宿 平和の森荘

民宿 平和の森荘

平和の森荘とは

ABOUT

平和の森荘とは

「民宿 平和の森荘」は、1981(昭和56)年7月13日創業。創業者の徳田豊成が高齢となり、現オーナー徳田幸男が2015(平成27)年に事業を継承。父母の創業時の志を引き継ぎながら、私たち独自のサービス提供に努め、今日まで営んでまいりました。いつでも、実家に帰ってきたような温かいおもてなしを心掛けております。

「平和の森荘」屋号の由来

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「平和の森荘」屋号の由来

「平和の森」という呼び名は、かつてこの地に広がっていたモクマオウの林に由来しています。この場所のすぐ南約1kmのところには、かつて第二次世界大戦末期の陸軍特攻隊の中継基地であった「旧陸軍浅間飛行場」がありました。鹿児島の知覧や万世から飛び立った多くの若者たちが、ここを経由して南の空へと向かい、沖縄の空でその命を散らしていったのです。

「平和の森荘」屋号の由来

戦後まもなく、この飛行場跡地の北端に広がる砂浜にモクマオウが植えられ、静かな林が形づくられました。そして、1975(昭和50)年6月には、戦火に散った若者たちの御霊を慰め、平和への願いを込めて「特攻平和慰霊碑」が建立されました。碑は旧滑走路の北端に位置し、モクマオウの林を背景に静かに南を向いて建てられています。

「平和の森荘」屋号の由来

この慰霊碑ができたことをきっかけに、人々はこの林を「平和の森」と呼ぶようになりました。しかしながら、2019年にはモクマオウ林を所有していた浅間集落の方々によってすべての木が伐採され、現在は空が大きく開けた、広々とした場所へと姿を変えています。

HISTORY

創業年表

1981年初頭創業者・徳田豊成が、農業への将来に不安を感じ、小さな民宿の開業を決意。
1981年春頃民宿視察のため、天城町松原の「宮田荘」、徳之島町下久志の「ときわや」を訪問。自ら図面を引き、基礎工事に着手。知り合いの大工と共に木材を搬入・加工。トイレ、調理室、食堂の設置などにより、計画よりも建物面積が拡大。資金調達のため農地も処分。
1981年6月頃約3か月の建築期間を経て、民宿としての受け入れ準備が整う。
1981年6月下旬新築のお披露目を実施。親族や集落の方々、知人友人を招いて祝宴。仮の屋号「徳田荘」で進行。出席者に屋号のアイデアを募る。
1981年6月末提案を整理した結果、最多票の「平和の森荘」に決定。屋号の冠を「旅館」か「民宿」にするか家族で協議し、「民宿」と決定。
1981年7月13日旅館業営業許可を取得。正式名称を「民宿 平和の森荘」とする。